寒中雑感

昔から年末だとか正月だとかいう事に何の感慨も無い。私にとっては万事これ平常なりである。年の瀬だ、新年だと無意味に浮き足立っている諸人に軽侮の眼差しを差し上げているくらいだ。したがって、年賀状は書かない。毎年律儀に送ってくださる方々には欠礼と言う他無いが、だからといって、おめでたいとも何とも思っていないのに「明けましておめでとう御座います」と言うことは私には出来ない。神様にも仏様にも世話になった事は無いし、世話になるつもりも無いので初詣なんてものにも行かない。齢16の或る日、柴又帝釈天に行ってきた友人から交通安全の御守りを貰った。その翌朝、私は車に轢かれた。全身包帯だらけの私を見舞いに来たその友人に「テメェこの野郎!なんだあの御守りは!このザマをよく見ろ!全然効き目がねぇじゃねぇか!」と毒突けば、「いやJ、それは誤解も甚だしいぞ。昨日俺がくれてやったあの御守りのお陰でな、お前は一命を取り留めたんだ。あの御守りが無ければ今頃お前は三途の川を渡ってるところだぞ。感謝したまえ」と返された。こういうのをポジティブシンキングと言うのでしょうか。この反駁を受けて私は、友人が将来大きく飛躍する人物であろう事を予見した。彼は現在、「青汁なんとか」なる、その辺に生えている雑草を搾っただけの苦くて如何にも効きそうな雑草飲料と、グルコサミンコンドロイチンを含んだ「ロイヤルグルコンスーパーV!」という、ゴミ箱から拾ってきた蟹の殻を砕いた大変体に良い粉を売って人々の健康増進に貢献し、インドネシアのお城に住んでいます。お手伝いさんが25人いるそうです。そして今年はあらゆる癌が立ち所に治ってしまうというとても酸っぱいジュースを売り出して人々を幸せにするんだと息巻いています。更に来年は、とても酸っぱいジュースを飲んですっかり癌が治ってしまった人々を不老長寿にしてあげる為の、ゾウガメの糞を海洋深層水に溶かした「タートルウォーターミラクルVX!」の開発を目指し、ゾウガメの糞集めにガラパゴス諸島へ飛ぶそうです。私が柴又帝釈天交通安全御守りもろとも轢傷した次年、別の知友が悪疾に罹り病床に臥した。長期に亘る入院治療を受けるも快方に向かわず、焦燥と失意が混濁した知友を見兼ねて、私は巣鴨の刺抜き地蔵に誘った。なんとか主治医の外出許可を取った友を御茶ノ水の病院まで迎えに行き、二人で巣鴨に出掛けた。老婆でごった返す参道を抜け、患部の痛みを和らげるらしい線香の煙を浴び参詣した後、小さな小さな御札の様な紙を買った。それは切手をもう少し縦長にしたくらいの薄紙に地蔵が描かれている物で、丸めて飲み込むと病や怪我が治るという触れ込みだった。地蔵通り商店街に在る古ぼけた喫茶店に入り、知友は悪疾が治るように、私は交通事故の後遺症状が軽減するように、二人目を見合わせながら薄いコーヒーでそれを飲んだ。友が疲れを訴えたので、帰りはタクシーで病院まで送り届けた。それから一月後、知友は呆気なく、さらりと死んだ。病身をおして、寒中わざわざ参詣に出向いたというのに、神様仏様は少情であった。それゆえ、病に患苦する知友を見放した神や仏に、私は一切世話にはならないのである。過日、前述の愚友が帰国した際に会ってこの話をしたところ、「そうか、昔の話とは言えそれは残念な事があったんだな。その時俺が今開発中のとても酸っぱいジュースがあればなあ」と予想通りに反応した。「よしっ!そういう人達の為にも商品化を急ごう!年内と言わず春までに発売するぞ!」 「別にそんなに急がなくてもいいんじゃないか?」 「何を言う!健康を願う全ての人々に救いの手を差し伸べるのが俺の社会的責務なんだ!違うか?」 「そりゃまた随分と大きく出たな」 「実はな、既に試作品は出来てるんだ。ほらっ!」 「なんか色が悪いな。変な色」 「色なんてのは後から着色料か何か入れりゃ赤でも青でも紫でもどうにでもなるんだよ。試作品なんだからそんなこと気にするな。それ、ちょっと一杯飲んでみれ、ほれほれ!」 「俺は癌じゃないから遠慮するよ」 「おい、お前どうやら怪しんでるな。このとても酸っぱいジュースはだよ、癌の人はすぐ治る。癌じゃない人は癌にならなくなる。そういうモンなんだよ。さっ、一杯御飲みよ」 「じゃ、ちょっとだけ、、、、、。うわっ!ひゃーっ!なんだこれ!梅干の百万倍くらい酸っぱいな!酸っぱくて酸っぱくて涙がでるな」 「どうだ、ビックリしたか。その尋常ならざる酸味が有効成分なんだよ。その酸っぱさでな、癌なんてみんな吹っ飛んじまうんだよ」 「しかしこれ何の実の果汁なんだ?」 「俺もなんだか良くわかんないんだけどな、奄美大島に行くとその辺に生えてる木になってるんだよ。一年中。だからそれを採ってきて搾っただけ。添加物一切無し。しかも原価ゼロ。な、いいだろ!悪い話じゃねえだろ?」 「でも何でこれが癌に効くってわかったんだよ」 「それはな、これから知り合いの大学の先生に幾らか小遣いを渡してちょいと一筆理屈能書きを考えてもらうって訳よ」 「それってちょっとおかしくねえか。順序が逆だろ」 「いやいや効果は確かなんだよ。奄美でこの実を発見した時にな、近くにぐったりと生気の抜けた野良猫が居たんだ。で、その野良猫を取っ捕まえてこれを無理矢理飲ましたら、これがもう効いたのなんのって、今の今までぐったりしてた野良猫が、飲んだ瞬間雄叫びを上げて走り出したんだよ。俺はあの時確信をもったね。これは絶対癌に効くってな」 「、、、、、あのな、これだけ酸っぱいジュースを無理矢理飲ませりゃな、アフリカ象だってゴジラだった走りだすぞ!」 「ま、兎にも角にもお前はもう癌にはならないね。俺に感謝して安心しろ」 「癌にならなくても、酸っぱすぎて胃に穴が開きそうだよ」 「で、次はタートルウォーターミラクルVX!の開発だ」 「その話も前に聞いたよ。しかしどうしてゾウガメの糞と海洋深層水なんだ?スッポンだって効くのは生き血だろ?」 「お前バカだな。生き血を抜くには殺さなきゃならないだろ。ゾウガメってのは捕まえたり殺したりしちゃ駄目なんだよ。まあ天然記念物ってやつだ。あんな物を捕まえてるところを見つかったらお縄だね。だから糞でいいんだよ糞で。生き血だろうが糞だろうがゾウガメの体から出て来るんだから似た様なモンだ。それにこれまた原価ゼロ」 「お前はホントに長生きするよ。俺が保証する」 「何言ってんだ。お前だって長生きするぞ!さっき酸っぱいジュース飲んだんだから少なくとも癌にはならない」 「そうかそうか、感謝感激雨霰だ」 「タートルウォーターミラクルVX!もなるべく急いで作るからさ。またお前に一番先に飲ましてやるよ」 「俺はゾウガメの糞を飲んでまで生きたくないよ」 「お前は理屈をこねる割に解ってねえな。いいか、健康や命ってのは何よりも大切なもんなんだよ!死んじまったらお前の好きな酒もタバコもやれねんだぞ!」 「ははっ!御見逸れ致しました」 「わかりゃいんだよわかりゃ。じゃあ秋までにはタートルウォーターミラクルVX!持ってくるからな!」 「、、、、、、、、」 

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