残懐なる変遷

私の夜の生息地域である日本橋界隈、とりわけ人形町付近に、昨今やたらとお洒落な飲食店が繁茂している。まあ本当に毎週の如く次々と斯様なお洒落系飲食店が開店している。この間まで人形町はあほらしいドラマの舞台になっていたみたいだし。なにやら胡乱な仕掛け人の指矩らしいがうんざりである。私はね、お洒落系飲食店が大嫌いなんですよ。ウィンドウ越しに、そこで働いている人達を見ていると、芸能界に憧れる浅短な若者と同一の精神構造であることが透けて見えます。飲食店というものは、徹底的に清潔で料理が抜群に旨ければそれで良し。それだけで確実に客は入ります。それ以外には何も必要ありません。無愛想な店主でも結構。いちいち話しかけてくる店主よりよほど宜しい。そもそも店舗内装を必要以上にお洒落にするという事は、料理人の自信の無さのあらわれなのではないでしょうか。お洒落系飲食店の店主は30代後半から40代前半で実年齢よりとても若く見えます。髪型はお洒落坊主である事が多く、好い塩梅で日焼けしており、そこはかとなく海老蔵の香りを漂わせています。店の内装はどこもとてもシックです。黒やダークブラウンを基調としています。そして、それに合わせるかの様に店員の服装は暗色系のパンツにロングエプロン、エプロンと同色のキャスケットやハンティングを被っていたりします。照明は間接照明がメインで店内はかなり暗めです。イタリア料理店だろうがフランス料理店だろうがスペイン料理店だろうが焼き鳥屋だろうが、何故かBGMはジャズです。カンツォーネやシャンソンでは、ちときついという事なのでしょうか。しかし店主(絶対に誰にも見つからないようにこっそりとレオンをチェックしている)は、実はあまりジャズに詳しくないので有線放送かネットラジオです。勢い、ゲッツとかロリンズとかハービーとかサラとかエバンスとかパウエルとかマイルスのプレスティッジ盤とか、超の上に超がつくベタジャズを流してしまいます。更に、大抵とても読みにくいフォントのメニューが置いてあります。異様に大きな皿の真ん中にちょこんと料理がのっています。店員のチームワークもばっちりで、開店前の15分ミーティングも欠かしません。だからどの店員もとてもにこやかで楽しそうに働いています。既に私はげっぷが出そうです。このように考察してゆくと、お洒落店にしようとすればするほど実は定型化してしまうのです。どうしてもっと普通に出来ないのかなあ、フツーに。そういう店に居ると客の方が照れ臭くなってしまいます。結句、このようなお洒落系飲食店には、20代から30代前半のOLが溜まるようになります。OLが溜まっている飲食店は旨くないという事は世界的常識なのですから、須く料理は旨い筈がありません。何故なのか。まず、OLはスタバやベローチェといったカフェチェーン店のコーシーを好んで飲みます。あの手のコーシーを旨いと感じている時点で既に終了しています。また、女性は店舗内装や食器、店員の服装などの雰囲気にとても飲まれやすい。そして決定的な理由は、OLは可処分所得が低いという事です。可処分所得の低い者(パパがいるOLは除く)は普段から旨いものを食っていませんので料理の微妙な味など全くわかりません。あなたの周りに出没するOLに対し試しに、今が旬の魚を5種類挙げよ、と質問してみればよい。返答に窮する事は目に見えています。その点、可処分所得の高いオヤジ(オヤジでも可処分所得の低い人は居ますが)は違います。普段から自腹で旨いものを食っております。したがって心なしかオイリーかつチョイエロですが、それは仕方がない。店舗内装や食器などというフンイキモノには絶対に騙されません。「俺は昨日水谷行って、当てで鮪と鰹をたらふく食ってきたんだかんな。当てだよ当て。握りじゃないよ。だからね、いくら綺麗に盛り付けても、こんなカルパッチョ全然駄目。話になんね。オヤジをなめんなよ」ってな具合です。店であれ服装であれ、お洒落に見えないのが洒脱なんであって、一見して洒落て見えるのは、垢抜けず、無様な事の証左なのである。一見何の変哲もないポロシャツ(実はフレッドペリーのビンテージ)を着て、一見どうってことないデニム(実は47の501)を穿き、フツーのブーツ(実はジョブマスターのセカンドモデルで、既に10回以上リソールしている)を履いて、明治時代から続いている洋食屋でひなかから江戸団扇で扇ぎながらビーフカツレツで呑む。本当はこんなのが一番洒落ているのです。日本橋はそんな街だったのです。誰に申し上げてよいのか判りかねますが、もうこれ以上日本橋をオサレエリアにしないで下さい。そういう店をやりたい人(そういう店が好きな客)は、港区か、渋谷区や目黒区で思う存分オサレパワー全開の店をやって下さい。決して中央区には来ないで下さい。千代田区にも来ないで下さい。台東区にも来ないで下さい。江東区にも来ないで下さい。墨田区にも来ないで下さい。どうか御願いいたします。

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