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少なき常人

カウンターの定位置に納まり、ロックグラスに氷を落としながらふと想う。私の周囲に於いても離縁せし者甚だ多し。10や20の数ではない。夥しいばかりの者が激しく離婚している。離婚の原因は様々であろうが、婚姻生活の欺瞞を悟り、離婚に至った者の精神は極めて正常かつ健康的である。既婚者には通底する重大で決定的な誤謬がある。婚姻生活とは、己のあらゆる欲求を双方が徹底的に押付け合うという凄まじい醜さを伴った行為であり、品性の欠片も無い下劣極まる蛮行である事実を認識していないのだ。そしてこういった人権蹂躙的婚姻生活を日々繰り返すうちに、人間が人間たる所以の多様かつ繊細な感性は鈍磨し、人間の尊厳を保つべき自我は摩滅する。多くの者が婚姻行為に走る主因は、相手に対する愛情や信頼などでは全く無く、実は周囲と同調同化し、愚かなる大衆の一員として社会に埋没し溶け込むことによって安寧を得んとする深層心理の働きであることに他ならない。そもそも人間という高等動物は、他者と密着した共同生活を送ることを快とする生き物ではない。もしそれを快とする者があるなら、それはマゾヒストという変態だ。婚姻生活は悲惨だ。たとえば私が朝目を覚ます。紫煙を燻らせながら呆けていると、ややもして便意を催す。すわ脱糞かと立ち上がり、雪隠の戸に手を掛けるや誰か入っている。嗚呼何たる不愉快。私はこれが赦せない。断じて赦せない。脱糞妨害赦すまじ。而してこれこそが婚姻生活であり夫婦であり家族なのである。私は即座に希求する。誠不便不快につき私専用の雪隠を拵えてくれと。だが、この要求が通る事はまずない。何故なら、こういった私の要求を徹底してゆくと、最終的には別居するしかなくなり、家族生活が成り立たなくなるからだ。果たして、婚姻生活や家族生活の実態なるものは、主要な生活備品を共有することそのものなのである。そう!婚姻生活とは家族生活とは、便器の奪い合いなのだ!私には、夫婦や家族といった空々しい欺瞞集団に参画し、日々便器の奪い合いを繰り広げるような馬鹿げた生活を送る事などとても出来ないし、私の品性がそれを赦さない。不愉快なことを不愉快と感じなくなることほど恐ろしいことは無いし、一度麻痺してしまった感受性は二度と元に戻る事は無い。既婚者の読者諸彦、さあ勇気を出して下らない便器の奪い合いから脱却し、人間の尊厳を取り戻そうではありませんか。いや、それでも夫婦は、家族は素晴らしいと言う貴方。貴方はマゾヒストであり変態の狂人です。正常なのはこの私なのです。いつの世も、真実を語る者は少数派なのです。

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