2011年11月06日

乞食現る

疎遠になっていた愚友から電話があった。「よお、久し振りだな」 「そうだな、久し振りだ。なんか用か」 「なんだよ、久方振りに電話したってのに、すげない返事だな」 「俺は何時だってすげない人間だ」 「そうだな、お前は冷たい奴だもんな」 「その通り、とても冷たいね」 「まあ、なんだ、最近なにしてる?」 「決まってるだろう。働いてるよ」 「あの変なチッコイ車の修理か?」 「そうだよ、悪いか?それしか出来ないんだから仕方ないだろう。お前みたいに目端が利く性分じゃねえんだ。お前は相変わらずか?」 「まあな」 「あの詐欺みたいな商売まだやってんのか?」 「おい、お前人聞きの悪い事言うなよ。俺の仕事のどこが詐欺なんだよ。人々を幸せな世界に誘う神聖な仕事なんだぞ。愛のキューピット業と言って欲しいね」 「何とでも好きに言えよ。そう言えば6リッターのAMGはどうした?まだ乗ってんのか?」 「ああ、あれな。首都高でダンプのケツに突っ込んで、とうの昔にお釈迦になっちまったよ。でもな、あれ、つまんねえ車だったけど安全性だけは凄い車だぞ。かなりのスピードで突っ込んだんだけど、俺かすり傷一つなかったからな。メルセデスじゃなかったら今頃俺の頭の上にはワッカが付いてただろうな」 「もううっすらワッカが見えてるよ。それで今何乗ってるんだ?」 「ダッジバイパー」 「奢侈な野郎だ」 「シャシってなんだ?」 「お前は相も変わらずモノを知らねえな。贅沢って意味だよ贅沢!たまには本の一冊も読めよ」 「本なんか幾ら読んだって銭にならねえから読まねえよ。それよりなんだ!テメエこそ気取った言葉を使いやがって。素直に贅沢って言やあいいじゃねえか贅沢って」 「しかしまあ、AMGをぶっ潰してダッジバイパーに乗り換えるって、随分と景気の好い話だな。お前のそのお見合いパーティー企画業ってのはよっぽど儲かるんだな」 「なんか棘のある言い方だな。俺が悪い事して稼いでるみたいじゃねえか」 「そうだよ、だから俺は詐欺みたいなもんだって言ったんだ」 「あっ、お前また詐欺って言いやがったな!もう一度言ったら承知しねえぞ!」 「上等だ。大抵の人間はな、後ろ暗い、痛い所を衝かれると己を正当化しようと必死になるんだな。お前もまだまだ半ちく野郎だ。俺なんかな、相手に何を言われようと全て認めてしまうんだな。その通りですってな。だから他人に何を言われても動じないでいられるんだ」 「また何時もの小理屈が始まったな。つまらねえ野郎だ」 「そうだ。俺はつまらない人間だ」 「あー憎たらしい!」 「仰せの通り。俺は憎憎しい人間だね」 「くそったれ!気に入らねえが今日のところは勘弁してやろう」 「勘弁して頂かなくて結構」 「勝手にしろ!ところでな、今度年収2000万以上の男を集めてな、それに群がってくる女とのお見合いパーティーをやるんだよ」 「ほーう」 「それでな、まあとにかく年収2000万以上だからさ、BGMに生の弦楽四重奏かなんか入れたいわけよ。クラシックってやつな。そこでだ、お前にその弦楽四重奏団を紹介して欲しいんだよ。お前そういうの知ってるだろ?弦楽四重奏できる奴ら」 「知ってるよ」 「じゃ、紹介してくれよ」 「ヤダね」  「即答でNGはねーだろ。ホントテメエは冷てえ奴だな」 「俺が冷たいって事はさっき既に認めてるだろう。何度も言わなくても分かってるよ」 「はいはい、わかりましたよ。まあ、四の五の言わずに兎に角紹介しろっ、弦楽四重奏をさ」 「詐欺の片棒担ぐのは御免蒙るね」 「だから詐欺じゃねえって!こりゃあ歴としたビジネスなんだよ!」 「ビジネスねえ。大したもんだよ蛙の小便。じゃあな、紹介しても良いが条件がある」 「金か?金なら少ししか出せねえぞ。お前にがっぽり取られたら俺の儲けが少なくなっちまうからな」 「バカ野郎。お前みたいな吝嗇から金を取ろうなんて考えてねえよ」 「じゃあ何だ。何が条件なんだ?」 「、、、、、、、俺をそのお見合いパーティーに参加させろ」 「おいおい、お前無茶言うなよ。俺の話聞いてなかったのか?年収2000万以上の男しか駄目なんだぞ。お前みたいな貧乏人無理に決まってるだろ!それにお前昔っからパーティー毛嫌いしてたじゃねえか!無理無理」 「見損なって貰っちゃあ困るぞ。俺が鼻の下伸ばして本気でお見合いしようとなんて思ってるわけねえだろ。俺はな、見合いなんてものをしなけりゃ女の一人も捕まえられない様な年収2000万以上のむくつけき男にだよ、どんな馬鹿面提げた女達がたかって来るのか見てみたいんだよ。向学の為にな。この目で」 「そりゃな、確かにお前の言うとおり面白えもんだよ。俺もな、一応司会者って立場で何時も現場に居るけどな、それはそれは腹抱えて笑いたくなるような事もしばしばだよ」 「それみろ、やっぱり面白えんじゃねえか。詐欺師の馬脚を露しやがったな!参画せんとの思い益々強くなりけり。参加させろ」 「うーん、困ったなあ。どう見てもお前が年収2000万以上の男というには無理がある。だいだいお前はその風情が貧乏臭えんだよ。なんて言うのかなあ、そこはかとない貧乏臭さが体に纏わりついているっつうのかな。しかしなあ、弦楽四重奏団を紹介してもらわなきゃマズイしなあ。あ、それにお前タキシードとか持ってんのか?」 「タキシードぐらい持ってるよ。昔浅草橋で買った赤いやつ」 「ホントにテメエは人を舐めてんな。赤のタキシードだと?そんなもん今時キャバクラの呼び込みだって着てねえよ。お前は高島忠夫か!このバカ!」 「まあさ、なりなんてどうでもいいじゃねえか。端っこの方で大人しくしてるからさ。参加させろよ」 「仕方ねえなあ、ホントに大人しくしてろよ。なんかちょっとでもやらかしたらつまみ出すからな!」 「はい、大人しくしています」 とまあ斯様な顛末の後、私は『年収2000万オーバージェントルマンVSそれに群がるフーリッシュレディのお見合いバトルパーティー』の末席を汚す事になったのである。端からタキシードなんぞ着込んで行くつもりはなく、私は銀座のザラで買った3000円位のポロシャツにマッコイズのジーンズ、それにミルリーフのスニーカーという恐ろしくラフな出で立ちで会場に向かった。ただ、いくらなんでもこのザマで年収2000万以上と言い張るには説得力に欠けると考えた私は、時計コレクターの金満友人からゴールドのパテックフィリップを無理矢理拝借し、ちゃっかり右手首に巻き付けていたのである。さて、会場である都内某ホテルに着くとその入り口で、「おいJ!ちょっと待て!お前どっかで着替えるんだろうな!まさかその恰好で入ろうったって俺が入れねえぞ!ドレスコードってもんを知らねえのか!」、と企画及び司会者である愚友から待ったがかかった。「まあ、待て待て。落ち着きたまえ。私の右手首を見たまえ、ほれ!」 「あ!パテック!スゲエ!お前こんなの持ってたの?」 「ふふふ、恥ずかしながら借り物です。でもさ、このカジュアルな服装にパテックってのがそれとなく年収2000万以上の雰囲気を醸し出してるだろ?」 「うむむ、そう言われてみればそう見えんこともないような気がするなあ」 「そうだろ?俺だってちゃあんと考えて来たんだ」 「そうか、じゃ、その借り物のパテックに免じて入場を許可する」 「偉そうな言い方しやがって。今日の弦楽四重奏は誰が呼んだと思ってるんだ!」 「わかってるよ、感謝してるよ。ところでお前車何処に停めてきた?」 「車?自転車だよ自転車。通りの標識にくくり付けてきた」 「お前なあ、みんな運転手付の車で来てるんだぞ。お前にそこまで要求しないけど、せめてハイヤーで来いよ。誰が見てるか分かんないぞ」 「それは気が付かなくてスマンスマン。つい何時もの癖で自転車に跨ってしまった」 「まあ兎に角名札付けて中に入って座ってろ。一番奥の端だぞ端!」 「了解了解」 私が会場に入ると既にメニーマニージェントルマンはお揃いの様で、その人数は6人。私を入れて7人である。思っていたより年齢層は高い。皆40代後半以上と見られ、どう見ても私が一番年下だ。私は軽く会釈をしながら自席に着いたが、特に誰も私の服装を気に留めることも無く談笑を続けていた。司会である愚友のアナウンスが入った。「それでは皆さん。男性陣がお揃いの様ですので、女性陣に入場していただきます。拍手でお迎えください!」 パチパチパチパチ。来ました!来ました!馬鹿馬鹿しいくらいに着飾った乞食根性丸出しのタカリ女達がぞろぞろと!数えたところ11人。御面相にバラつきはあるが年齢層は男性陣に比して若い。25~30歳前後といったところか。女性陣着席の後、お互いに簡単な自己紹介を済ませ軽い食事が始まる。向かい合わせに座った男性陣と女性陣。明らかに場違いで貧相な私に話しかけてくる女性などいないだろうと、チーズでも齧りながら末席で聞き耳を立てるのを楽しみにしていたのだが、それは甘かった。男性陣より女性陣のほうが人数が多い為、どうしても止むを得ず私のようなカス男にも話しかけてくる。その勢いたるや、まあ貪欲なこと凄まじい。(さては、これが近頃巷で噂の肉食系女子って奴だな) 「初めましてEです」 「あ、どうも初めましてYです」 「素敵なデザインのポロシャツですね」 「えっ、これ安物ですよ。銀座のザラで3000円くらいで買ったんですよ」(あっ、イカンイカン、ホントのこと言っちゃったよ。貧乏がバレちゃうよ) 「え~、でも似合ってれば値段なんて関係ないですよ~。とってもお似合いですよ」(けっ!この女かなり場馴れしてるな) 「安物着ててもそんな風に言ってくれるなんて優しいなあ、ハハハ」 「どちらにお住まいなんですか?」(はい、出ました。いきなりの資産チェック) 「広尾です」 「すごお~い!広尾なんて住んでみたいな~」(ウソに決まってんだろアホ!) 「昔から広尾なんですか?」 「いえ、生まれたのは成城で、ずっと成城に居たかったんですが仕事が忙しくなってきたので都心に近いほうが便利かなあと。それで6年前に広尾に家を建てたんです」 「えっ、一戸建てなんですか~、素敵すぎる~」(大ウソだよ大ウソ。バーカ) 「車屋さんって言ってましたけど、やっぱり車好きなんですか?愛車は何ですか?」(ったく、このバカ女金目の物にしか興味ねーのかよ!) 「勿論車は大好きですよ。僕の愛車はブロンプトンです」 「へえ~、ブロンプトンっていう車があるんですね!知らなかった~外車ですか?」(ブロンプトンは車じゃねーよ!チャリだよチャリ!) 「イギリス車です」 「イギリス車っていうとジャガーとかアストンマーチンしか知らなかったです~。私車のことあんまり詳しくないから」(だからチャリだっつーの!) 「ブロンプトンって速いんですか?」 「まあ、それは乗り手の腕次第じゃないでしょうか」 「Yさんって車屋さんだから運転上手いんじゃないですか?速そう」 「僕がキレると速いですよ」 「キレると速いって、、、、Yさん面白い~」 「いや、別に笑わせようと思って言ったんじゃなくて、僕がキレると速いってのはホントですよ。外堀通りのね、水道橋から御茶ノ水にかけての上り坂なんて、ブロンプトンでグイグイ上っちゃいますね」 「あの~、さっきから気になってたんですけど、その時計パテックフィリップですよね?」(この銭ゲバ女め!やはり目ざといな。始めから気付いてやがる!) 「そうです。二十歳の誕生日に祖父からプレゼントされた物です。それ以来ずっと使ってます。もう古いばかりで」 「そういうお話って素敵ですね。良いものを永く使うってすばらしい事だと思うんです」(おいおい、こんな成金時計ウチのジーサンが買ってくれる訳ねーだろ。ウチのジーサンは俺が二十歳の時にゃ既にあの世に逝ってたよ。ダチに無理矢理借りてきたんだよ!このオタンコナス!あー、もういい加減バカらしくなってきた。適当なところで切り上げよう) 「すみません。ちょっと御不浄に失礼します」 私は手水場に行くふりをして席を立った。入り口付近でタバコを吸っていた司会者愚友を捕まえ、「いやー、堪能させてもらったよ。面白かった」 「なんだ、もう帰るのか」 「うん、もう十分十分。あんな金の亡者のすれっからしバカ女とな、これ以上話してるとこっちの脳ミソまで腐っちまいそうだよ。大変勉強になりました。ありがとよ」 「まあ、お前は元々ここに居る筈のない男だからな。帰るなりなんなり好きにしろよ」 「はい、では御暇致します。ではこれにて」 「じゃあな」 私は愛車ブロンプトンに跨り会場を後にした。短時間とは言え、物乞い女達との陰湿な戦いに疲れ果てた私が帰路、水道橋から御茶ノ水にかけての上り坂を、愛車ブロンプトンで全く上れなかったのは言うまでもないだろう。それにしても、浮世とは謎多き園である。あんな寄生虫の如き女たちと所帯を持たんとする男達が蠢いているのだから。破鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き、といったところでしょうか。

 

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