2011年9月

新たなる課題の発生

湯にも入った!腹も減ってる!左手も震えてきた!よーし!何時もの調子だ!煙草と携帯と僅かばかりの酒手を小さな呑み呑みバッグに入れる。「きょうのーーーーーしごとはつらかったーーーーあーとはーーーーしょうちゅうー(チャンチャン)あおるだけーー。なんか余にぴったりの唄じゃのう。岡林信康って好い詩を書くなあ。さてと、今宵は清濱で走りの土瓶蒸しでも喰うかな」  割烹清濱の暖簾を目途に、美禄を焦るあまり蹴躓きそうになりながらも小走りで、大字日本橋字堀留村椙森神社を抜けようとしたその刹那!漆黒の闇に浮かぶ何やら奇怪な人影が二つ!ややっ!賽銭泥棒か!!私は鞍馬天狗よろしく翻り、玉垣の陰に身を潜めた。息を殺して玉垣の間から賊を窺うがさしたる動きは無い。さては、、、掠めた賽銭でも勘定しているに違いない。いくら浮世が不景気とは言え、賽銭を掠め取るとは不届き千万。字堀留村の岡っ引き、このジロ蔵が成敗してくれる!「やややぁ!!火付け盗賊許すまじ!」頃合いを見計らって賊の面前に躍り出た。しかしながら二人の賊に動きは無い。此奴、このジロ蔵の見参にも怯まぬところを見るに、かなりの大物。並みの賊ではない。ますます怪しい。心してかからねば。「えいっ!これでも食らえ!」 ジロ蔵のシュアファイアーM6(強力な懐中電灯です)が火を吹いた。「ピカリ!」 シュアファイアーM6の無慈悲な閃光が闇夜を切り裂き、賊二人の面体を容赦無く照破した。「ああぁぁ!!」 なんとふしだらな!二人はチューをしていますよ!しかもかなり強烈に。しかもユーカリの木にしがみつくコアラの様にしっかと抱きあって。うぬぬ、、、、。この罰当たりめ。事もあろうに大字日本橋七福神の一つ、江戸富籤発祥の地、字堀留村椙森神社恵比寿の神の御前にて接吻なる淫らな行為に及ぶとは何たる恥知らず。賽銭泥棒より質が悪い。何としてもこの破廉恥行為をやめさせねば。しからばこうしてくれよう!ジロ蔵は疾風の如く神社の階段を駆け上がり、鈴の緒を諸手で掴んで揺らし、力一杯大鈴を鳴らしてやった。「ガランガランガラガラガラーン!!!」字堀留村椙森神社晩夏の宵、二つの大鈴の音が静謐を打ち破る! これには熱烈接吻不埒者二人も流石に参ったらしく、おもむろに身を離し、こちらに眉目を向けた。その面相を検めようと、ジロ蔵は再応シュアファイアーM6で憤怒の撃光を浴びせる。「ピカピカピカリ!!」先程まではチューをしていた為に接吻賊の横顔しか見えなかったが今度は真正面。チューチューラバーズの顔貌が闇夜にくっきりと映し出された。「あわわわわ!」 これがまあ何と申しましょうか、どうしたらこんな顔の女が生まれてくるのかオトータマ、オカータマに詰問したくなる程の、もんの凄いブス。歳の頃なら中年間、カツラを被ったオオサンショウウオの様な顔でふてぶてしく此方を睨んでいます。写真でも撮ろうものならカメラが壊れてしまいそうな形相です。片や男の方はと言えば、これまた何か退っ引きならぬ悩みでも抱えているのでしょうか、脱毛症の鶏の如く貧相極まりない輩です。斯様な、世にも稀に見る醜女醜男による炎の接吻を目撃してしまったジロ蔵は、誂えたばかりの草履で犬のウンコを踏んでしまった時と同様の、哀しくも虚しく切ない心持ちとなってしまいました。しかし、これ程までの醜劇を見せつけられても引き下がらないのがジロ蔵。萎える気持ちを奮い立たせて一喝した!「あのー、、、、シモシモ、、、其処の御両人シモシモ、、、、、。お取り込みのところ失敬致すが、此処は由緒正しき神社でありますぞ。神様の前でその様な卑猥な情事に没入するとは何たる事ぞ!恥を知れ!恵比寿の神もさぞや悲しんでおられるじゃろう。情史情話は即刻結了とし、直ちに此の場を立ち去れい!!」 するとカツラオオサンショウウオ、「何よ!このオッサンバカじゃないの!」ときた。貧脱毛系鶏男は身じろぎもしない。常時のジロ蔵であれば、すかさず反駁の怒号を浴びせるか、百叩きを呉れてやるところだが、何故か押し黙ってしまった。ジロ蔵には、先程のカツラオオサンショウウオの反撃の中に、「カツラオオサンショウウオがチューしたって良いじゃない!何が悪いのよ!」という被抑圧者の痛切な心の叫び、或いは声なき声が聞えてしまったのである。「そうか。確かに某はバカかもしれぬ。では好きになされよ」 ジロ蔵は、憤然と立ち尽くすカツラオオサンショウウオと、おどおどした脱毛鶏の面前を横切り、清濱に向かってトボトボと歩みを進めた。その晩は、あまり酒も進まず、早々に清濱を切り上げ床に就いた。翌晩、ジロ蔵は気を取り直して近傍の鰻屋へ足を運んだ。鰻が焼けるまでの間、肝焼きで酒を舐めていると、「あっ!!!あれは!!」 奥の板場にカツラオオサンショウウオらしき影が!いやいや何かの間違いだろう。ジロ蔵は高鳴る鼓動を押さえつつ思案する。此処はもう十年近く通っているが、カツラオオサンショウウオなど今まで見た事は無い。それに家族経営で、主人は何時も他人を雇うのは嫌だと言っている。一緒に働いているのは息子夫婦の筈だ。やはり見間違いだろう。昨夜の一件が尾を引いているな。っと思ったら板場の奥に再びカツラオオサンショウウオがチラリ。「はっ!!!」 驚きのあまり肝焼きが喉に詰まりむせてしまったジロ蔵は、「女将!水水!」 「あれあれジロ蔵さん、むせてしまいましたか。はい水ですよ。ゆっくり飲んで下さい」 「っあーっ助かった助かった。時に女将、先程板場の奥に見慣れぬ女を見留めたが誰じゃ」 「それはちょっと、、、、、」 「何じゃ言えぬのか」 「いえ、そういう事ではないんですが」 「では教えてくれ」 「、、、、、、、娘です」 「な、な、何!あのカツラオオ、、、あ、いやいや、あの女が此処の娘じゃと!」 「はい」 「今まで居なかったではないか。さては、、、、、出戻りか!」 「はい。辱しながら、、、」 ジロ蔵は鰻丼を掻き込み、そそくさと見世を出た。此処の鰻屋の主人はきりっと引きしまった男前。女将もまあ器量好しとは言えぬが十人並みである。どうしたらこの夫婦からあのカツラオオサンショウウオが発生するのであろうか。この歴然たる事実に、ジロ蔵は遺伝子の不思議を感じずにはいられないのであった。そして、大字日本橋字小舟村におけるカツラオオサンショウウオ誕生の謎を何としても突き止めんと誓った事は申すまでもないだろう。

 

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