2010年10月

信憑の記憶

小学校に上がると、私はいつも休み時間に一人で本を読んだり、考え事をしたりしていた。すると決まって先生(なんとも嫌味なババア)が私にヒタヒタと接近してきて、「Y君はどうしていつも一人でいるの?みんなと遊ばないの?ドッジボールやらないの?」といような愚問を投げかけてきた。今であれば「じゃあどうしていつもみんなは意味もなく一緒にいるの?どうしていつもみんなベタベタ一緒に遊んでいるの?どうしてみんな一緒にドッジボールなんてくだらない事をやっているの?」と強烈な皮肉カウンターを食らわしてやるところだが、何せ当時は6歳の童子である。口では「わかんないや」と答えると同時に腹の中で「うるせーなババア!ほっとけよ!化粧臭えんだよ!早くあっち行け!しっしっ!」と叫ぶのがせいぜいであった。私は特に運動が苦手であった訳ではない。それどころか、駆けっこに限っては生まれつき異様なまでの俊足を誇り、しかも全速力で走りつつ西へ東へと激しく曲がれる俊敏性も併せ持っていた為、いったん私が走り出したら最後、大人でも捕捉する事は出来なかった。この俊足を武器に数々の難局を乗り切ってきた事は紛れもない事実である。警察官に犬の糞を投げつけたり、思い切り蹴飛ばしては逃げるという遊びが大好きであったが、殆ど捕まった事は無く、俊足というこの天賦の才能に子供ながら心腑深く鳴謝した事を記憶している。年端もいかぬ餓鬼に犬のクソを投げつけられ、怒り狂った警官が鬼の形相で追走してくる。この恐怖と切迫感が攪拌された精神状態は、私の俊足に更なる力を注入し爆発的ともいえる加速を示した。そして哀れなクソ塗れ警官から逃げおおせた時の痛快極まりない得も言われぬ充足感は、自らの能力を再認識すると共に悪の童心の、文字通り「肥し」となった。この悪事を遂行する際に発揮される到底童子とは思えぬ私の狡猾さは、いま考えても実に際立っていた。極めて高い成功率を保ち続けたのは、俊足のせいだけではない。まず任務は必ず一人で実行すること。複数人で犯行に及ぶと、その中には必ずと言って良いほどマヌケのボンクラが混入する為、そのマヌケの失策によって芋づる式に捕まってしまう。次に、犯行に及ぶ地域は自宅から遥か離れた地域に設定すること。面が割れている自宅付近では、その時逃げ切れたとしてもいずれ捕まるのは時間の問題である。更に、犯行前に現場に足を運び、あらゆる負の可能性を考慮に入れ無欠の逃走ルートを組み立てる。これほどまでの綿密かつ周到な準備をすれば、確かに捕まらないだろうな、と思った貴方は甘い。重要な遵守事項がまだある。この悪事は犯行から次の犯行までに、必ずや2週間以上の間隔を空けなければならない。言うまでもなく、犯行直後は敵も相当警戒している。敵の緊張感が高まっているときに犯行に及べば、捕まる確率が倍加してしまう。敵の警戒が緩むのに、2週間以上の時間が必要である事は、経験上知得していた。しかし、成功率100%を誇っていたその私が、犯行回数数十回目に、遂に捕まったのである。敵は数に物を言わせ、私の逃走範囲の辻という辻に警官を配備したのである。あくまで、クソ投げ攻撃を加えた警官との一騎打ちを望んでいた私は、このなんとも大人げなく非礼な捕捉手段に、「このやり方絶対反則だよな」と、すっかり熱意を失い、しおしおと捕まった。大柄の警官にがっちりと腰のベルトを掴まれた私はなす術なく連行された。ところがこの犯行劇の一部始終を物陰からしかと見ていた者がいたのである。塗装屋の倅の清水であった。以前から清水は、私のこの悪事に強い参画意欲を見せていたが、私は彼が粗雑粗暴な気質である事と、任務は必ず一人で遂行すべしという理念から、その要求を退けていた。その清水が犯行に及ばんとする私を尾行し終始観察していたのだ。清水の存在に気付き、視線を合わせた私は、これ以上ない屈辱を味わい、醜態を見られた怒りに満ちた眼で彼を睨みつけた。しかし清水はそんな事はお構いなしに私と警官に、素早く静かに近付いてきた。そして清水は警官の前に回ると、自宅から隠し持ってきたであろう赤い缶スプレーを、警官の顔面にこれでも食らえとばかりに吹き付けた。一瞬で全てを察知した私は、清水のスプレー攻撃に怯んだ警官の手を振りほどき、得意の俊足で走り出した。「Jちゃん!!そっちは駄目だ。!!こっち来い!!」「よしきた!付いて行くぞ!」。私の方がやはり速かったが、清水は一所懸命に先導してくれた。かくして私は再び自由の身となったのである。この一件で、私は清水という男に絶大な信頼を寄せ、心の底から感謝した。しかし、その後も特に親しくなるわけでもなく、一緒に遊ぶわけでもなく、言葉を交わすことさえ稀だった。ただ、清水は私の悪事に憧れ、私は清水の勇敢さに敬服していた。それだけである。風の便りで、その清水が死んだ事を聞いた。30数年前に、危機的状況から私を救出してくれた男が死んだそうだ。私は、葬式なんてどうでもいいし、彼の墓の場所なんて知りたくもない。この酷薄な私の心の中に、清水という男の記憶が30数年に渡って残っていただけで十分ではないか。私はこういう人間関係こそ最も素晴らしいものだと思うのです。これは、「いつもみんなと一緒にいた」り、「いつもみんなとドッジボールをやっていた」者たちには、決して到達出来ない境地なのです。

 

汝迷う事なかれ

頃日、「Jちゃんどうして嫁さんもらわないの」とか「貴様は何故結婚しないのだ!」とか、私の結婚問題に関して詰問される頻度がいつの間にか逓加している事に、ふと気付きました。こういった問いかけに対して私は、「うーん、自分でもよく分かりませんなあ、のらりムニャムニャくらりムニャ」などと言葉を濁しお茶を濁します。そして、「ささ、そんな事よりお一つ如何かな」と互いに土瓶蒸しの一杯も啜れば、聞いた方も聞かれた方も、「しかしJ之助、ここの土瓶蒸しは頗る付きの美味よのう」「左様、誠に芳味じゃ」「今年は松茸の当たり年だそうな、万謝じゃ」「全くじゃ全くじゃ、はっはっは!」「愉悦よのう、イッヒッヒ!」と眼前の烹割にすっかり心を奪われ、殆どの場合私の結婚問題など瞬く間に滅するのです。問題を有耶無耶にし、立ち消えさせる事に関しては、間違いなく世界最高峰の技術を有する日本人の一人として斯くの如き趨勢は、なかなか粋だと思います。私の結婚問題の帰着点が土瓶蒸しであるとは、何と洒脱なのでしょう。ただ、この問題を何時までも放却しておく事に、さしたる有益性は認められませんので、一定の深度にとどまりますが、解析を試みたいと意志致しました。私が結婚というものに言い知れぬ戦慄を覚え、尻を絡げて逃げ回る理由はただ一つ。何よりも大切にしている自由を奪われるからです。若人に自由の持つ本源的価値やその重要性は理解できないでしょう。しかし私くらいの齢に達し周囲を見渡してみると、自由が如何にも高価値で何物にも代え難く、自身にとっては命に匹敵する宝である一方、結婚という言葉からほとばしる、あらゆる意味で個人の自由を剥奪する果てしない残虐性を、これはもう何と申しましょうか、想像しただけで冷や汗が流れ、総身が震えるほど身に沁みて了得出来るのです。さて、この「結婚生活が略奪する自由」というものは、甚だ広義でありますから、具体例を挙げながら分け入ってみる事にしましょう。私は仕事を終え帰宅したが最後、相手が誰であろうと一言も口を利きたくありません。テレビも一切見ませんし(というかテレビを所有しておりません)、音楽も殆ど聴きません(もう音楽は十分すぎるほど聴いたので自宅に居る時まで聴きたくない)。大悟徹底静謐を営求し、ひたすら書見に勤しみます。万が一書見中の私に話しかけようものなら、嘗て瞬間湯沸かし器の異名をとった本性を剥き出しにし、妻であれ子供であれ、体重の乗った爆裂ビンタを食らわせ一発KOとなるでしょう。こんな生活態度が結婚生活で許容され、家庭が成立するでしょうか。成り立つ訳ありませんね。当然です。では、成立させるにはどうしたら良いのでしょうか。そう、私が忍ぶほか御座いません。皆さんお気づきでしょうか。私が耐え忍ぶとすると早くもこの時点で、大切な4つの自由が侵害されるのです。それは、「沈黙の自由」、「静粛の自由」、「読書の自由」、「憤怒の自由」です。私は帰宅後、静かに読書をしたいだけなのに、無為無聊な会話を強要され、低劣なテレビ番組を一緒に見させられ、自室に籠って読書をしていれば家族のコミュニケーションが無いと糾弾される。ついに、蓄積され膨張した憤懣の炎を吹き上げれば、さっきまで家庭内における絶対的強者であった妻子はたちまち被害者面に豹変し、DVだと絶叫する。こんな理不尽なことがありましょうか。実に恐ろしい。恐ろし過ぎる。さて、結婚生活にはまだまだ艱難な障壁が潜在しております。食事もそうです。私は、その日その夜その瞬間に食べたいと思ったものしか食べたくありません。ていうか食べません。資本主義社会の厳しい一日を終え、帰宅する。まずはひと風呂浴びて食卓につく。「じゃあ今日は越の誉を冷やで。それとタコぶつ」、可及的速やかにそれらが運ばれ、朕は嬉しむ。「今日のタコぶついいねえ。えーと次はカワハギの御造りとゴボ天の炙り、あーそれとお酒同じのも一つ」、見事な包丁捌きに松の葉を乗せたカワハギの盛り付け、上品な出汁に浮いたゴボ天も細かく包丁が入っています。一本目の最後の一杯を呑み干すや否や、絶妙のタイミングでスッと出てくる。朕の心は満たされり。「次は天ノ戸ね」、勿論猪口は替えてくれます。「これ信楽焼でしょ?さっきのは有田焼だよね。手触りと口当たりが気に入ったなあ、、、、、さてと、、、今宵のメインディッシュはと、、、、よしっ柳川にしよっ。割下辛口でね」、カンラカンラ!朕の柳川食はれしは、朕ほろ酔うて腹張れり、朕これ堪らず屁をたれて、朕のにほひに酔いさめる。こんなささやかで楽しき頃刻も、結婚生活では絶対に認められません。私の意向は完全に無視され、出されたものを黙って食むしか御座いません。はい、ここでまた崇高な自由がひとつ遺棄されました。その自由とは、「食料選択の自由」です。つまるところ、結婚してしまうと自分の食べたいものが食べられなくなってしまうのです。更に更に私は、休日は得心がゆくまで寝ていたい、遠くまで遊びになんて行きたくない、まとまった休みが取れても旅行なんて絶対に嫌だ、親戚付き合いも近所付き合いもまっぴら御免、祭りも死ぬほど嫌い、子供の運動会で走りたくない(実は私は驚異的な俊足なのですが)。これら私が嫌厭し、ひたすら逃避したくなる事の殆ど全ては、結婚生活、家庭生活において欠くべからざる構成要素であります。ですからまた、私のこれらの哀切とも言える要望が、「常識」と「多数決」という無慈悲で鈍感な多数派の蛮力によって徹底的に叩き潰される事は想像に難くありません。「睡眠の自由」、「在宅の自由」、「在京の自由」、「社交の自由」、「バカ騒ぎ大嫌いの自由」、「催事不参加の自由」は殺されます。思いつくままに挙げただけでこれほどの自由が、結婚という呪いによって殲滅されてしまうのです。愛などという空虚で無責任で不安定で、峻烈な打算と正視に堪えない程の汚辱に塗れた自己愛の抽出物を、私は信じられない。そんな物の為に、かけがえのない自由を引き渡すわけにはいかない。既婚者の皆様、貴方は本当の本当の本当に幸せですか。時代は凄まじき勢いで進んでいます。時代と共に人の考え方も生活感覚も変遷します。現在の日本の離婚率をつぶさに見れば、婚姻制度そのものが既に時代にそぐわなくなっており、事実上破綻しているのは明らかではないでしょうか。私は知っています。家族の前では口が裂けても言えないけれど、「結婚生活は疲れる」、「何故結婚なんてしてしまったのだろう」、「結婚なんてしなければよかった」、「出来る事なら今すぐ離婚して独身に戻りたいよ」。呑み屋の片隅で、あるいは寝室で高鼾に鼻提灯を伴いふてぶてしく惰眠を貪る妻の面相を見て歎息し、苦悩に満ちた眠りに落ちる刹那、世の夫の殆どが、これらの言葉を毎夜反芻している事を。一方で、「結婚生活は良いものだ」、「俺は結婚して幸せだそう虚勢を張る方々もおりましょう。しかし、これまた私は知っています。取り返しのつかない事をしてしまったが為に、自分は幸せなんだという自己暗示をかけているにすぎない事、そして、そういった自己暗示をかけなければ、結婚生活の継続が、無体な苦行の連続に陥ってしまう事を。リヒテンベルグは言いました。「結婚とは発熱で始まり悪寒で終わる」、バルザックも言いました。「あらゆる人智の中で結婚に関する知識が一番遅れている」、キルケゴールも言いました。「結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう」。そして最後に、「独身者とは、妻を見つけない事に成功した男である」。遥か昔、このアンドレ・プレヴォーの箴言に触れた時、私は全てを悟ったのであります。

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