2010年1月

日、没すれば杯を

ここのところ、いや、しばらく前から、全くと言っていいほど欲しいものが無い。何か買い物でもしようかと店に出向いてショーケースを眺めていても、そこにある商品の全てがなぜか自分には無関係のように映り、食指は動かない。では欲しいもの、或いは欲しかったものが全て手に入ってしまったのかといえばそうでもない。以前は喉から手が出るほど欲しかったシュアファイアーの10Xを見ても、ホワイツのスモークジャンパーを見ても、ドキドキしないのである。物欲を奮い起そうとショーケースにしがみついてシュアファイアーを凝視しても駄目でした。仕方がないので、帰途に立ち寄った丸善で小説の20冊も購索し、居室に籠ってひたすら読み耽るのである。最近流行りの佐伯泰英は、確かに面白いが実に下らない。さて、物欲が減退するということは、はたして良事なのか悪事なのか。まあ実際大した事ではないのだろうけど、何となく生活に張りがなくなりますね。これは。やはり、欲しいものがある人というのは、見ていて溌剌としていて輝いていていいものだ。車が欲しい!バイクが欲しい!家が欲しい!金が欲しい!嫁さんが欲しい!シャブが欲しい!サブマシンガンが欲しい!出刃包丁が欲しい!油田が欲しい!核兵器が欲しい!権力が欲しい!いいなあ、こういう欲しいものがある人は。本当に羨ましい。んー、、、このままではマズイ。自らの心に刺激を与えるべく自室にて一人、小声で叫んでみました。「バルニーニのメタルキットが欲しいぞー!」、「ロンソンのビンテージライターが欲しいぞー!」(なんか小さいな)駄目です。全然欲しくなりません。そうだ、部屋で書見ばかりしていては何も解決しない。今一度外に飛び出そう!、、、、。我に返ると、いつの間にか小舟町の飲み屋のカウンターに鎮座しておりました。なぜか誠に心が休まります。自宅よりも安心できます。真澄を二つ呑んだところで気が付きました。そうか、俺が欲しかったのは酒じゃないか。うんうん、そうだそうだ。鱸も、ぶり大根も旨いなあ、ええーい鯛飯も頼んじゃおう。一気に幸福感に包まれた私はひたすら杯を重ねました。やがて私は店主に追い出され、睦月の冷徹な夜気に晒されると、先ほどまでの心の充足感は急速にしぼんでしまいました。いかんいかん、こんな事では。せっかく芽生えたマイハピネスをこのまま失ってなるものか。焦燥感に駆られた私は、もう無我夢中で人形町へと稲妻の如く疾駆致しました。気がつけば、新大橋通の小料理屋のカウンターに摑まっています。喩えようのない安堵感、また、筆舌に尽くしがたい至福の時が流れます。極上の湯豆腐で天ノ戸を二つやると、マイハピネス(心の風船)は極大となりました。むふふふ、これぞ真の至福じゃ。ささ、今宵はこれ位にしてマイハピネスが破裂しないうちに荒屋に戻るとするかな。夜更けの甘酒横町をヒタヒタと歩き、貧家の自室に到達すると、どうした事でしょうか、極大となっていたマイハピネスは立ち所に雲散霧消し、耐えがたい虚無感が大きな重しとなって、私にのしかかってくるのでした。しかし一晩寝臥し翌日ともなると、私にのしかかっていたあれほど大きな虚無感は、影も形もなく消え去り、明鏡止水の心境となります。そしてまた日が没すれば、小舟町、人形町、馬喰町、ちょっとでばって田原町と、私は血眼になって東奔西走するのです。斯様な沙汰を返覆していて、私の行く末は如何様となるのでしょうか。とても心配なので、たれぞ御指南下さい。

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