2009年10月

頑愚者の迷走

とりあえず、2016年オリンピック東京招致大失敗にカンパーイ!!はじめから無理だと思ってはいたが、つくづくザマアミロである。それにしても、気は小さいが態度はデカイ、威勢は良いが危険な事は全て他者に押し付ける、倣岸不遜な三文文士の無体な希求に翻弄された周囲の人たちの労苦は察するに余りある。さぞや大変だったであろう。センスゼロの公式スーツを着させられ、応援団をやらされていた過去のメダリスト達の姿は権力者の資具そのものであり、哀れこの上なかった。アマチュアスポーツの祭典とは名ばかりの、下品下劣、野卑卑劣、品性の欠片もない商業主義に毒されたオリンピック自体が無意味を通り越して禍害でしかない。こんな下らぬ金まみれのスポーツイベントを、あろうことか花の都大東京で開催しようとしたこの三文文士は、都民国民の冷笑にも気付かぬ救いようのない至愚者といえよう。そもそもスポーツを含む3S(sports,screen,sex)とは、権力者、支配者による悪行から、衆目を逸らす為の愚民化政策であることは、読者諸賢であれば須く御存知であろう。スポーツが持つ爽快感や清清しさは、大衆から深い思考能力を奪い、スポーツによってエネルギーを奪われた肉体は、あらゆることに抗う力を失う。時代が進み、スポーツというものがどんなに洗練されようとも、この本質は絶対に変質しない。その意味において、オリンピック招致といい、東京マラソンといい、僭越型三文文士の政治手法は著しく古典的である。老三文文士の過去の放言を列挙すれば、東京カジノ構想、東京マラソン、三宅島公道バイクレース、そして東京オリンピック等がある。古典的愚民化政策どころか、もう、まるで興行師かヤクザの発想としか思えない。このうち、なんとか開催に漕ぎ着けたのは、東京マラソンのみである。恫喝型三文文士よりも平均的都民のほうがクールでモラルレベルが高いのであるから至当である。開催地がリオデジャネイロに決まった後も、生来の潔ぎ悪さからか、開催地決定をめぐって、あたかもブラジル側に政治的不正があったかのようなお得意の暴言を発し、ブラジル国民の反感をかった。親日国家であるブラジルに対し何たる非礼であろうか。こういった頑愚者の迷走につきあわされ、なぶり者にされる都民は、鞭打たれる牛馬の如しといえる。今回の非現実的オリンピック東京招致活動に費やされた税金は150億円(実際はこんなものではないだろう)と目される。まさに、血税をどぶに捨てたに等しい。どぶに捨てるくらいなら、一万円札を山羊にでも食わせたほうがまだましだ。しかめっ面三文文士は、巨費を投じて荒唐無稽な愚策を強行し、無様に失敗した事実に対し、明確な形で責任を取るつもりは全くないようである。この歴然たる事実を、本当に救済を必要とする社会的弱者は、どういった心持で眺めているのであろうか。また、次期都知事の座を虎視眈々と狙う猪瀬直樹の存在にも注目されたい。こういった輩が権力を握っている限り、東京に未来はない。悪あがきを繰り返す権力者の末路晩節は、醜陋である。

 

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